2013年4月22日月曜日

自分はパイプだと思って地面に向かってイライラを流す

疲れてくると自分のあさましい本性が出てくる。

つい他の人のあらを探したり、
余計なことを言われたことに腹を立てたりと
夜も寝られなくなることがある。

昨夜もそんな夜だった。
気持ちがぎすぎすしてきて
誰かにいらいらをぶつけたくなっていたんだと思う。

そんな私の心を見透かしてか、
奥さんから
「天と地とつなぐ自分はパイプだと思って
 とんがった矢印を流してしまい」と
言われてはっとした。

そうだ勝手にいらいらしていたのは自分だった。
妄想が妄想を読んでしまって
他人を攻撃してやろうなどと考えていた。

どんだけ年を重ねているんだと思うと
恥ずかしくて居たたまれない。
いい男になりたい。

2013年4月13日土曜日

偉大な先輩たちに相談するという読書方法

ノートに悩みを書く。

その答えを偉大な先輩にお聞きするという積極的な姿勢で
本を開き、読んでみる。

仕事の進め方や仕事のやりがいならばドラッカー先生に聞く。
人生の悩みごとならば松原泰道先生にうかがうなど。

読んでわかったことを書く。
書いたことを眺めてみる。


この方法だと、最初から最後までを漫然と読んでいるだけでは
得られない、とても良い読後感が得られることに気がついた。

ガネーシャの教えとたらいの水



以前、夢をかなえるゾウで紹介されていることを実体験すれば
夢をかなえられるのかということをしていたが、トイレ掃除などを
実行している中で大事なことが体得できたように思う。


それは”おおきに(ありがとう)”ということ。


皆様のおかげで自分は十分に満たされて幸せだということを感じること。
その幸せの感覚を他の人へ循環させること。
(報酬を期待するのはではなくて、素直にその気持ちを表現すること)


この感覚を、二宮金次郎は「たらいの水」で表現していた。
”たらい”にはいっている水を手前に寄せようとしても
どんどん水は逃げていく。
しかし、逆に水を向こう側に送れば自分のほうへ戻ってくる。
(この話には必ず報われるという前提がついているから注意が必要だ。)

2013年3月24日日曜日

気がつけば、我が家の庭にも春がきていた

奥さんから指摘を受けるまで
気がついていなかった。

見ているようでなにも見ていないと反省。


朝露にも天地がある
(たしか、開高健の言葉だったと思う)



走ることについてについて語るときに僕の語ること  村上春樹著

「走ることについてについて語るときに僕の語ること」・・・村上春樹著

この本の中に、少々長いが引用すると

「他人と優劣を競い勝敗を争うことは、僕の求める生き方ではない。
いろいろな人がいれそれで世界が成り立っている。他の人には他の人の価値観が
あり、それに添った生き方がある。僕には僕の価値があり、それに添った
生き方がある。そのような相違は日常的に細かなすれ違いを生み出すし、
いくつかのすれ違いの組み合わせが、大きな誤解へと発展していくこともある。
その結果故のない非難を受けたりもする。当たり前の話だが、
誤解さえたり非難されたりするのは、決して愉快な出来事ではない。
そのせいで心が深く傷つくこともある。これはつらい体験だ。」

>この部分はよくある話だ。
   しかし、とても素直に心に届く。

「しかし年齢をかさねるにつれて、そのようなつらさや傷は人生にとって
ある程度必要なことなのだと、少しずつ認識できるようになった。
考えてみれば、他人といくらかなりとも異なっているからこそ、
自分というものを立ち上げ、自立したものとして保っていくことができるのだ」

「僕が僕であって、誰か別の人間でないことは、僕にとってひとつの重要な
資産なのだ。
心の受ける生傷は、そのような人間の自立性が世界に向かって支払わなくて
いけない当然の代価である。」

>とても真摯な言葉として読んだ。

  村上春樹さんのような方でも一般市民の私のようなことで悩んでいるんだと思うと、
  今の悩みも経験も無駄ではないと理解できて、とても素直に心が落ち着いた。
  (この本を書いたとき村上さんの年齢は50台後半)




「誰かに故のない(と少なくとも僕には思える)非難を受けとき、
あるいは当然受け入れてもらえると期待していた誰かに受け入れてもらえなかったとき、
僕はいつもより少しだけ長い距離を走ることにしている。いつもより長い距離を走る
ことによって、そのぶん自分を肉体的に消耗させる。そして、自分が能力に限りの
ある、弱い人間だということをあらためて認識する。
いちばん底の部分でフィジカルに認識する。そしていつもより長い距離を走ったぶん、
結果的には自分の肉体を、ほんのわずかではあるけど強化したことになる。
腹が立ったらそのぶん自分にあたればいい。悔しい思いをしたらそのぶん自分を
磨けばいい。」



>つい非難を受けたら、倍ぐらいにして返してやろうとか
  反省するような目に逢えばいいなどと考えてしまって
  あとで、自分のどす黒い心にうんざりさせられたりする。

  そうじゃなくて、 
  自分と他人との違いを大切にして、自分を磨けばいいというのは
  ありきたりのようで含蓄のある言葉のように思った。

2013年3月23日土曜日

須磨水族館でペンギンに餌やりとイルカにタッチ。

先日、須磨水族館に家族で行った。
http://www.sumasui.jp/


ペンギンの餌やりとイルカにタッチ体験は、それぞれ
子供一人あたり200円でできた。

ペンギンの餌やりの体験では
子供たちが餌をやっている姿をペンギン館内から見ることができた。

しかし、館内からのガラス越しということでよく子供達の姿が見えないことと
ペンギンに餌をあげるというよりも
わらわらと餌に群がる鯉へ餌やりをするような感じだったらしく、少々残念だった。



イルカにタッチという体験はとてもよかった。
イルカの胸鰭にタッチできるのだ。

イルカは、テレビ等でお馴染だが
なかなか近くでイルカを見ることはできないし触れないが
この企画は直接触れるのがいい。

さわり心地を子供に聞くと
「固い・・」とだけ答えた。
しかし、これからの彼の人生で
きっとイルカは私よりも身近な存在となっているような気がする。


コスチュームデザイナー 日々野さんの言葉と草花

デザインするときの心の磨き方のアドバイスで
次のように教えてくださった。

自然の中にあるものを観察する。
たとえば、木や野菜などを良く観察すると
色々な色があることに気がつくよ。


そこで、いよいよ暖かくなってきたので
公園などできれいな花を探して歩いた。

なんの花だろう?

さくら




さざんか


たんぽぽ
小さいのは子供だねと息子が言った。



菜の花




チューリップ
やっぱり春はチューリップでしょうか?