2013年10月6日日曜日

デューク更家氏の逸話

今日、住吉川沿いを走っていて
突然、デューク更家の逸話を思い出した。

まだ、売れていないときに神戸で講演があったが、
そこまでの交通費がなため大阪から神戸まで
歩いて行ったという。
そして、そこでの講演で「これでやっていける」という
手ごたえを得て、そこから色々な紆余曲折はあるにせよ、
そこから多くの方に支持をされるまでになったという逸話だ。

おそらく、大阪から神戸まで少なく見積もっても40kmはあるはずだ。
その歩いている間、デューク更家氏はきっと無になっていたのではないだろうか?

結局、誰がなんと言おうが”信念”をもって行動することが大切なような気がする。
そして、絶えず喜んでいただくこと、いつも感謝の心を忘れていなけば
生きているような気がする。
社会から生かしてもらえるような気がする。

こんなことを考えながら走っていました。

現場主義で行こう!




ここ3カ月ほど、物流をコンパクト(少ない物量、場所)にする
取り組みをしているが、
会議室で話し合う解決策にはろくなものはないと思う。
つまり、時間の浪費になっているのだ。


それよりも現場で担当者と一緒に話をし、
実際に棚を動かしたり、メジャーで測ったりして
話し合うことのほうがずっとスムーズに、しかも着実に進むことに気がついた。

エクセルのリスト、浮ついた会議では何も進まないのだ。
それよりも気持ちよく仕事を進めてもらえるように
現場の指導者とその部下に敬意を払うことが大切だと思った。


そのためには、辛抱強く何度も何度も現場の話を聞くべきだ。
自分の意見よりを主張することより相手の話を引き出すのだと思った。










現場にこそ、問題の核心はある。
顔を出し、居続けることが大切だと思う。

2013年10月4日金曜日

ありがとう!を、今日何回言った?

今日、何回「ありがとう!」を言っただろう。

「あいつ、ばかだね」
「○×のこんなところがだめだ」など、
恥ずかしながら人をけなす、こきおろす言葉は
スラスラ出てくるのに、ありがとうという言葉や
助かったよなどの感謝の言葉が意外と少ないことに愕然とする。
ありがとうを言うことで自分が損をするみたいになっていないだろうか?

「ありがとう」と言おう!
そして、何回言ったのかを記録を取ろうと思う。

2013年8月31日土曜日

「Fight For Liberty」の歌詞を見て気がついたこと

歌に衝撃をうけた。

40歳を過ぎた中年には、
歌詞がなにやら思い当たることの多い。


☆がむしゃらに追う姿が・・

→若い時にがむしゃらにやるよりも、少し斜めに構えて
  仲間にまぎれている方が精神的に楽。
  しかし、それでは満たされない心があることに気がつく。
  そうすれば一人で生きていけるだけの力をつけるしかない。

☆人生が二度あるならこんな険しい道は選ばないだろう・・

→忘れがちだが、死んだら終わり、
 最後の瞬間に何を思い死ぬのだろうとかんがえなければいけない。
 たしか、ジョブズは、このままでいいのか?という問いに3日続けてNOならば
 なにかを変えなければいけないと言っていたはず。
 惰性で生きていくにはあまりにも人生はもったいなさすぎる。

☆負けを認め逃げ行く者に優しく手を差しのべる世界は無い・・

→そうなんだ。

  この世はだめなやつには厳しい。
  親しい仲間内で慣れ合いでその場をしのげることもあるが、
  しかし、必死で努力を続けて生きていくしかないという覚悟が必要だ。
  そうすれば、なんとか道を切り開いていけることが確かにある。
  これは真実だ。
 
☆生きると死ぬのその真ん中辺りで、生きるを忘れ過ごす者ばかり・・

☆戦う時はいつだって一人だぞ、でも一人じゃない事もわかるだろ?・・
 
→そうだ。
  努力する人の結果がでる段になって、
  または、その活動が時流に乗れるようになって他の人もついてきてくれるように思う。
  
  自分一人でも生きていける覚悟(強さ)と
  その上で、他の人も包み込める懐の深さ(やさしさ)が大切だと
  気がつかせてくれているように思う。


2013年8月4日日曜日

タイガーマスクの言葉

昔、「タイガーマスク」というアニメがあった。

タイガーマスクのストーリー画像1

このアニメのシーンの中で

なぜ、自分よりも強敵と戦うのかということに対して
タイガーマスクの返答がよかった。


「大人になったとき
 いくら全力を尽くしても
 幸せになれるとは限らない。
 それでも全力を尽くすべきだ。

 なぜって、それが人間の生きる道だ。」



ボービー・ジョーンズやほかの偉人も
このようなことを言っていたとあったと思う。

真理の一つだと思う。

2013年8月3日土曜日

『島唄』と戦争

もうすぐ終戦日・・・。

明日があると思えるのは
なんて幸せなんだろうと思う。

明日がないかも
もう会えないかもと思うなら
今の目の前のことにしっかりと向き合うしかない。

そして、ふと『島唄』を思い出して敗戦を思い、
今の自分があることと、先人の苦労を思い
感謝の気持ちが、突然溢れた。


『島唄』は、
今を生きている、いや、生かしてもらっている自分たちには
知るべきことがあることを思い出させてくれる。
歌の力を感じる。感謝。



『島唄』の歌詞
でいごの花が咲き
風を呼び 嵐が来た

でいごが咲き乱れ
風を呼び 嵐が来た
繰りかへす哀しみは 島わたる 波のよう

ウージぬ森で あなたと出会い
ウージぬ下で 千代にさよなら

島唄よ 風にのり
鳥と共に 海を渡れ
島唄よ 風にのり 
届けておくれ わたしぬ涙

でいごの花も散り
さざ波がゆれるだけ
ささやかな幸せは うたかたぬ波の花

ウージぬ森で うたった友よ
ウージぬ下で 八千代ぬ別れ

島唄よ 風に乗り
鳥とともに 海を渡れ
島唄よ 風に乗り
届けておくれ 私の愛を

海よ
宇宙よ
神よ
いのちよ
このまま永遠に夕凪を

2013年7月13日土曜日

マヨネーズの瓶とビール2杯 

モレスキンのスケジュール帳が好きで使っている。

その関係で、モレスキナリーというサイトを知った。
いろいろと気がつかされることが多くて、
とても素晴らしいサイトだと思う。
http://moleskinerie.jp

logo


そのサイト内で紹介された下記の話は今でもときどき思い出すぐらい、
印象に残っている。
焦って、焦って大切でもないことでもいいから時間を一杯にしてしまおうとする
自分をいさめるときにふと思い出します。

そこで、全文を紹介させていただきました。



インスピレーション:マヨネーズの瓶とビール2杯

http://moleskinerie.jp/2012/11/19-6.html

「たくさんのことが押し寄せて1日24時間では足らないと思う時、マヨネーズの瓶とビール2杯を思い出してほしい・・・ある日の哲学の授業で、教授は突然、マヨネーズの瓶からマヨネーズを取り出し、空っぽになった瓶にゴルフボールを詰め、生徒に尋ねた。「この瓶はいっぱいですか?」と。生徒は「YES」と賛成した。
それから教授は、箱一杯のビー玉を取り出して、そのマヨネーズの瓶の中に入れ始めた。ビー玉はゴルフボールの隙間に入り込む。教授は再び尋ねた。「この瓶はいっぱいですか?」生徒は「YES」と答えた。そして、教授は更に箱一杯の砂を取り出し瓶に入れ始めた。砂は全ての隙間を埋め、教授は尋ねる。「この瓶はいっぱいになりましたか?」この時はさすがに生徒も満場一致で「YES」と答える。すると教授は、テーブルの下から素早くビールを2杯取り出して瓶の中に注いだ。ビールは砂の中に染み込んでいく。生徒たちは笑ってしまった。
笑いが止み、教授は続けた。「このマヨネーズの瓶は、人生を表しています。そして、ゴルフボールはあなたにとって最も大切なことです。例えば、家族、子ども、健康、友人、愛、楽しみなど、この大切なことさえあれば、他の何を失おうともあなたの人生は満たされる、そういう大切なものです。ビー玉は、仕事、家、車など、私たちにとって問題となるようなこと。砂は取るに足らないようなその他のことです。
もしあなたが、この瓶を最初に砂で埋めてしまったら、ゴルフボールの場所は無くなっていたでしょう。人生はこれと同じです。もし全ての時間と労力を取るに足らないことのために使ってしまったなら、本当に大切なことのための場所を失ってしまいます。あなたたちの幸せのために、一番大切なことに集中して下さい。子どもたちと遊び、病院に行く時間を作り、パートナーと一緒に夕飯にでかけ、趣味を伸ばすために練習しましょう。あなたの時間は、本当に大切なことのためにあります。残りはただの砂なのです。」
その時、学生が1人手を上げて尋ねた。「ビールは何を意味しているのですか?」教授は笑って答えた。「その質問を待っていたよ。ビールが意味するところはつまり、例えどんなに人生が忙しくても、友と交わす2杯のビールのための時間はあるってことさ!」